大阪万博建築完全解説｜ZEBから3D建築まで「空間で見る未来」全記録

万博会場全体のマスタープランと設計思想

大阪・夢洲で開催される「大阪・関西万博2025」は、その全体計画から建築ファンの注目を集めています。会場は「リング」と呼ばれる巨大な円形構造を中心に構成されており、このリングは約2kmにも及び、中央に広がる多様なパビリオン群を囲むように配置されています。この「リング構造」は、訪問者の動線を効率化しつつ、空間全体に統一感と象徴性をもたらしています。

この設計思想の背景には、「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマがあります。単なる展示場ではなく、未来の都市や社会のあり方を、実際の空間体験として提示するため、建築やランドスケープは感性とテクノロジーの融合を試みています。パビリオンが独立しているのではなく、会場全体が一つのインタラクティブな都市模型のように設計されている点が、従来の万博との大きな違いです。

また、会場全体においてサステナビリティへの取り組みも徹底されています。地中熱利用、自然採光・通風の最大活用、再生可能素材の利用など、建築的なアプローチを通して環境負荷を最小限に抑える工夫がされています。マスタープランそのものが未来都市へのひとつの「提案」となっている点において、今回の万博は建築的にも非常に実験的で意義深いものと言えるでしょう。

「いのち輝く未来社会のデザイン」と建築の繋がり

今回の万博テーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」は、従来の産業技術や国家的威信を誇示する万博とは一線を画します。このテーマは、人間中心の未来像を提示することを意図しており、それが各建築にどのように反映されているかが見どころです。

具体的には、多くのパビリオンが「生き物のような形態」や「オーガニックデザイン」を採用しています。直線的・機能的だった過去の万博建築と異なり、今回の設計には自然との共生や人間の感情に訴えかける造形が多く見られます。たとえば、呼吸するような膜構造や、季節や天候に応じて変化する外装など、まるで「いのちある建築」のような試みが随所に施されています。

建築はまた、訪問者が一方的に受け取る情報の媒体ではなく、参加し、感じ、考えさせる空間として設計されています。そうした空間設計の手法として、視覚だけでなく触覚・聴覚・嗅覚にも働きかける要素が多く盛り込まれています。つまり、テーマに忠実な「体験型建築」が本万博の主軸なのです。

このように、建築がテーマと呼応していること自体が、大阪万博の大きな魅力であり、建築ファンにとっては「空間そのものが思想の具現」であるという極めて贅沢な空間体験が提供されていると言えるでしょう。

建築家・設計チーム選定の背景

大阪万博2025では、従来のように国や企業が独自に設計チームを決めるだけでなく、一定の公募や審査を経て選ばれたプロジェクトも多く存在します。この点も、建築の質と多様性に大きな貢献をしています。

特に日本館をはじめとする政府系パビリオンでは、設計公募により有名建築家と若手建築家の協働が実現されています。これは、建築文化の継承と革新を同時に行うという日本独自の設計思想でもあります。一方、企業館ではブランディングやユーザー体験に長けたデザイン事務所が数多く参画しており、技術とデザインの融合による先端的な空間が創造されています。

選定の基準としては、単に美しさや話題性だけではなく、持続可能性、施工性、そしてテーマとの一致が厳しく審査されています。これは、建築が単なるショーケースで終わらず、次世代への知見や提案となるべきという明確な意図によるものです。

建築家たちはこの選定過程を通じて、自らの思想を万博という公共性の高い舞台で表現できる稀有なチャンスを得ています。その結果として、各パビリオンには「作家性」と「社会性」が共存する、極めて興味深い建築作品が生まれているのです。

国際的建築潮流とのリンク

世界の建築トレンドとして注目されているのが、サステナビリティ、地域性の再評価、デジタルと物理の融合、そして感覚的体験へのシフトです。大阪万博ではこれらすべての潮流が見事に融合されており、まさに「グローバル建築の縮図」ともいえる空間が広がっています。

特に注目すべきは、木造・軽量構造・膜素材などの採用が多いこと。これは持続可能性を意識すると同時に、地元産素材の利用や施工コスト削減にも寄与しています。こうした潮流は、北欧や東南アジアの建築でも主流になっており、日本の建築とも相性が良い傾向にあります。

また、デジタルファブリケーションやAR／VR技術を活用した空間演出も取り入れられており、建築が単なる「形」ではなく「インターフェース」としての役割を果たしているのも重要な視点です。建築が五感に訴え、なおかつ情報を媒介する存在として進化していることがよくわかります。

これらの国際的なトレンドを吸収しつつも、日本ならではの繊細さや空間美が加わることで、大阪万博のパビリオン群は世界中の建築関係者からも注目を浴びています。

ランドスケープと建築の融合アプローチ

建築とランドスケープの融合は、都市デザインや空間演出において今や不可欠な視点となっています。大阪万博では、建築単体の造形美だけでなく、敷地内の自然や外構設計との一体感に対する評価が極めて高いです。

例えば、パビリオンを取り囲む緑地や水辺空間は、単なる景観ではなく、訪問者の体験を導く「空間の前奏」として機能しています。木々の間を抜ける小径や、池の上を渡る回廊など、訪れる人が自然と建築の間を往還するような設計がなされています。

また、こうしたランドスケープ要素は建築のファサードデザインとも密接に関係しています。外壁素材と植栽の色彩や質感の連続性、屋上緑化や壁面緑化による一体感の演出など、非常に精緻な計算と設計思想が背景にあります。

このように、空間が「建築物」単体ではなく「風景」として捉えられている点も、大阪万博の設計の魅力の一つです。訪問者にとっては、都市でも自然でもない、その中間的な心地よさを感じることができる希少な体験になるでしょう。

日本館：木構造による「和」の空間表現

日本館は大阪万博の象徴的存在として、最も注目されるパビリオンの一つです。設計を担当するのは、日本建築界の第一線で活躍する隈研吾氏を中心としたチームで、そのデザインには「伝統と革新の融合」が明確に表れています。構造材には国産のスギやヒノキを活用し、日本の木造建築文化を現代に再解釈したような空間が構築されています。

外観は格子状の木組みが立体的に重なり合うデザインで、見る角度によって印象が変わる「動的な美しさ」を備えています。この格子構造は、光と影のコントラストを生み出し、自然光の変化とともに表情を変えるファサードを実現しています。また、日本の伝統建築で見られる「間（ま）」の概念を現代建築に取り入れることで、空間そのものに余白や呼吸を感じさせる設計がなされています。

構造的にも先進的な技術が使われており、木材のプレファブリケーションや高強度ジョイントによって、建設と解体を前提とした設計が行われています。これにより、パビリオンの多くの部材は万博終了後に再利用される予定であり、持続可能性の面でも注目される建築です。

日本館は、単なる展示の場ではなく、訪れた人が日本の自然観や精神性に触れる「体験空間」として設計されており、建築と文化、環境技術の高度な融合が見られる代表作となっています。

サウジアラビア館：垂直都市としてのコンセプト実装

サウジアラビア館は、未来の都市像として構想されている「垂直都市（Vertical City）」の実験的モデルとしてデザインされています。設計を担当するのは、国際的に評価の高い建築事務所で、サウジ国内で進行中の都市開発プロジェクト「NEOM」ともコンセプトを共有しています。

このパビリオンの特徴は、水平に広がる一般的な展示空間とは対照的に、垂直方向に展開する空間構成です。訪問者はエレベーターで高層階へ上がり、そこから下降しながら展示を体験する動線が用意されています。この構成により、都市が立体的に重層している未来のイメージを直感的に体感できる設計です。

外装は鏡面パネルによって周囲の景観を反射し、巨大でありながら周囲と一体化する視覚的トリックを用いています。また、日射を調整するスマートガラスや自然換気を促す通気設計も取り入れられ、環境面にも配慮された建築です。

内部には最新の映像技術やインタラクティブディスプレイが多数導入され、建築とデジタルが融合した没入型空間が実現されています。サウジアラビア館は、都市の在り方そのものを問い直す提案として、大きな注目を集めています。

パナソニック館：カーボンニュートラル建築の試み

パナソニック館は、日本企業による最先端の環境技術を空間設計の中で体感できる建築作品です。このパビリオンは「サステナブル・スマート・ライフ」の象徴として、建築そのものが脱炭素社会のモデルとなるよう設計されています。

建物はZEB（ゼロ・エネルギー・ビル）仕様となっており、建物が自らのエネルギーを創出し、消費するエネルギーと相殺する構造です。屋根全面には太陽光パネルを搭載し、壁面には蓄電素材を組み込んでおり、これらがリアルタイムで発電・蓄電状況を表示する仕組みも導入されています。

また、外装には環境負荷の少ないリサイクル素材や、熱遮断効果のある新素材が使われており、断熱・防音・耐久性すべてにおいて高性能な設計がなされています。建物内は自然採光と通風を最大限に取り入れる「パッシブデザイン」を採用し、快適性と省エネを両立しています。

展示も含めて、すべての空間が「エネルギーの見える化」を意識した作りになっており、訪問者は「エコ」を視覚と体感で理解できるようになっています。建築と技術が一体となり、未来の暮らしを形にしたこの空間は、まさにカーボンニュートラル建築の教科書的存在です。

フランス館：光・風を取り込む環境建築

フランス館は、光と風といった自然の要素を積極的に取り入れた設計で知られています。建築設計を手掛けたのは、エコロジカル建築を専門とするパリの建築家グループで、自然との共生を主軸とした空間づくりを展開しています。

建物の構造は、大型のルーバー（羽板）で構成された外装が特徴で、日射の角度に応じて開閉する仕組みが備えられています。これにより、日中の暑さを防ぎながら、自然光を柔らかく取り入れることが可能です。さらに、建物の上部には煙突効果を利用した換気装置が設置されており、空調に頼らない自然通風が実現されています。

内装にも木材や石材など自然素材を多用しており、訪問者が自然と触れ合っているような感覚を得られるよう工夫されています。また、壁面には植物を配した「リビングウォール」が設置されており、視覚的な癒しとともに室内の空気清浄効果も持たせています。

建築と展示が一体化しており、気候変動や環境問題への取り組みが「展示を読む」のではなく「建築を体験する」ことで伝わるよう構成されている点が秀逸です。

アメリカ館：テクノロジー×演出による空間演出

アメリカ館は、最先端のテクノロジーを駆使した「没入型体験空間」として設計されています。建築そのものは比較的シンプルな形態をしていますが、その内側は映像、音響、プロジェクションマッピング、インタラクティブ装置などが高度に融合した「未来の劇場」と言える構成です。

空間設計では、訪問者の導線がまるでストーリーの展開に沿って進行するようにデザインされています。入場から出口に至るまで、複数のゾーンを経由することで「物語」と「空間体験」がシンクロし、来場者に強い印象を残します。展示物の多くはデジタル技術で構成されており、視覚だけでなく聴覚や触覚まで刺激する設計がなされています。

さらに、AR（拡張現実）やVR（仮想現実）を活用し、訪問者が仮想空間の中で体験を積めるエリアも設けられています。これにより、テクノロジーが単なる情報提示手段ではなく、空間の本質的構成要素として機能しているのです。

このようにアメリカ館では、空間デザインが映画のようにドラマチックに展開され、建築とテクノロジーの可能性を最大限に引き出した設計が実現されています。

研吾に聞く「脱構築」の実践と未来ビジョン

隈研吾は日本を代表する建築家の一人であり、自然素材の活用や「小さな建築」の思想で知られています。大阪万博においても、日本館の設計に深く関わり、彼の建築哲学が随所に反映されています。中でも注目すべきは、従来の建築構造を再解釈し、分散型・非中心型の空間を生み出す「脱構築（Deconstruction）」的なアプローチです。

彼はインタビューで「建築は空間を制限するものではなく、空間を開くものであるべき」と語っており、その言葉どおり、日本館では格子状の木材が立体的に構成され、空気や光、風が流れる「透ける建築」を実現しています。このような開放性は、万博のテーマである「いのち輝く未来社会」にも通じるもので、人間と自然、テクノロジーと感性の共生を形にした建築と言えるでしょう。

また、隈氏は素材選びにも強いこだわりを持ち、地域性や再利用性を重視しています。日本館で使用される木材は国産の間伐材であり、建築終了後も別の用途で再利用される予定です。これは、建築を「一時的な美」ではなく「循環する資源」として捉える新しい視点です。

彼の万博に対する姿勢は、見せるための建築ではなく、「感じさせ、考えさせる建築」を提示することであり、それはこれからの建築のあり方に深い問いを投げかけています。

佐藤可士和の心理誘導×建築デザイン手法

佐藤可士和は、日本を代表するクリエイティブディレクターで、企業ブランディングや空間演出においても多数の実績があります。万博においては、建築家とは異なる視点から「体験の設計」に深く関わっており、建築と心理学を融合させた独自のアプローチが注目されています。

彼の手法の核にあるのは、「人の動きと感情を予測し、それに基づいて空間を構成する」ことです。例えば、入口から展示エリア、出口までの視線の誘導や音響、照明の使い方に至るまで、すべてが一貫したストーリーテリングの要素としてデザインされています。

建築というと、構造や美観に目が行きがちですが、可士和氏の関わる空間では、そこにいる「人間の感情」が最重要とされます。そのため、展示物の配置や天井高、床の素材感まで細かく計算されており、来場者が「気づかぬうちに感動する」ような体験ができるよう工夫されています。

さらに彼は「建築は情報を伝えるメディアである」と位置付け、ブランドイメージやテーマ性を視覚化することで、企業館などの設計においても高い評価を得ています。心理と空間の交差点に立つ彼のアプローチは、万博という巨大イベントにおいて、建築の意味を再定義する試みでもあります。

若手建築家による公募パビリオンの創意工夫

大阪万博では、若手建築家による「公募パビリオン」もいくつか採用されており、新しい才能の登場と創造性に注目が集まっています。これらのパビリオンは予算規模が限定されている一方で、自由度の高い設計が許されており、実験的で挑戦的なデザインが数多く見られます。

特に印象的なのは、既存の建築ルールにとらわれない発想力です。あるパビリオンでは、再生紙を積層して構造体を形成する試みがなされており、構造の一部が展示にもなっています。また、仮設性を逆手に取り、解体を前提としたボルト固定によるモジュール建築が用いられた事例もあります。

こうした若手建築家たちは、デザイン性と実用性、そして環境配慮という三つの条件を高い次元で融合させようとしています。そのため、素材選定や施工方法、解体後の再利用計画に至るまで、すべてが「一貫した設計思想」に基づいています。

万博という大舞台で経験を積んだ彼らの多くは、今後の建築界をリードする存在となるでしょう。こうした新しい風が吹き込まれることで、大阪万博の建築群はさらに多様で豊かなものとなっています。

海外デザイナー視点：多文化と融合する設計論

万博は国際的なイベントであるため、世界中の建築家やデザイナーが参加しています。彼らは自国の文化を反映しつつ、開催国・日本との調和を図る設計を行っており、多文化的な視点からの融合が見られます。

例えば、アフリカ諸国のパビリオンでは、伝統的な集会所の構造をベースに、自然素材と手仕事のディテールが生かされた設計が多く、文化的背景を建築に織り込むことで強い存在感を放っています。一方、ヨーロッパの建築家は機能美と環境性能を重視したデザインが目立ちます。

また、東南アジア諸国の中には、日本の伝統建築に触発された設計を取り入れることで「アジア的な共感」を形成する試みも見られ、建築を通じた国際的な対話が生まれています。

海外建築家の視点は、「日本文化をどう翻訳するか」「持続可能性をどう具現化するか」といった問いに対し、異なるアプローチを提供しており、それが多様性に富んだ万博の空間を生み出しています。

アーティストとの共創による空間／アートの境界

建築とアートの境界を曖昧にする試みも、大阪万博では注目されています。多くのパビリオンで、建築家と現代アーティストのコラボレーションが行われており、空間そのものが一種のインスタレーションアートとなっています。

たとえば、ある国のパビリオンでは、建築内部に巨大なインタラクティブ・アートを配置し、訪問者の動きによって映像や音が変化する空間が設けられています。これは、アートを鑑賞するのではなく「空間として体験する」発想であり、建築とアートの融合の好例です。

建築家とアーティストが対等な立場で協働することで、従来の「建物＋装飾」ではない、新しい空間表現が可能になります。このような共創は、空間デザインにおける創造性を拡張し、訪問者に強烈な体験を与える手法として注目されています。

また、アート作品そのものがパビリオンの構造体として機能している例もあり、構造と表現が不可分となった設計は、万博建築の新たな可能性を示しています。

ZEB（ゼロ・エネルギー・ビル）仕様の実装状況

ZEB（ゼロ・エネルギー・ビル）とは、建物が自らのエネルギー需要を可能な限り削減し、再生可能エネルギーによってそのエネルギーを賄う建築のことです。大阪万博2025では、このZEBの概念を実際に取り入れたパビリオンがいくつか存在し、「エネルギーを使わない建築」の未来像を体感できる貴重な機会となっています。

具体的には、パナソニック館をはじめとする企業館でZEB Readyレベル以上の設計が導入されており、屋根全体に設置された太陽光パネルや、最新の断熱材、自然採光の導入により、冷暖房・照明・換気などのエネルギー消費を最小限に抑えています。

また、ZEB建築では単にエネルギー効率を追求するだけでなく、「人間の快適性」を保つことも重要なテーマです。そのため、自然換気や植栽によるマイクロクライメイトの調整、視覚的な開放感など、空間体験としても高いクオリティが求められます。

建築家たちは、こうしたZEBを技術だけでなく「建築の美」としていかに実現するかを追求しており、それがデザイン面にも反映されています。ZEB建築は今後の都市や施設のスタンダードになっていくと予想され、大阪万博はその実証実験として極めて先進的な取り組みを示しています。

再生素材 × 3Dプリント建築事例

万博では、新しい建築手法として注目される「再生素材の活用」と「3Dプリント技術」の融合が試みられています。これは建築の製造工程における環境負荷を軽減するだけでなく、構造とデザインの自由度を飛躍的に高めるものです。

ある国のパビリオンでは、海洋プラスチックゴミを原料とした再生樹脂を、3Dプリンターで構造材として積層・成型するという試みがなされており、これにより資源循環型の建築が実現しています。こうした3Dプリント建築では、複雑な形状も一体で成型できるため、従来の施工工程よりも大幅な省力化・省資源化が可能です。

さらに、デジタルファブリケーションの利点を活かし、現地での設置・解体が簡便に行えるよう工夫されているため、パビリオン終了後のリユースも視野に入れた設計が実現されています。

再生素材と3Dプリントという二つの革新技術を組み合わせた建築は、単なる未来技術の展示ではなく、「持続可能な建築とは何か？」という根源的な問いへの答えの一つとして提示されており、今後の建築デザインに大きなインパクトを与えるでしょう。

環境配慮型の仮設建築の設計思想

万博の多くのパビリオンは仮設建築であり、会期終了後には撤去される運命にあります。だからこそ、設計段階で「撤去後の環境負荷をいかに最小化するか」という視点が重要となります。大阪万博では、この点においても革新的な試みが多数見られます。

たとえば、ボルトとナットだけで組み立てられるユニット式構造体が採用されており、部材の解体・再利用が簡単に行えるようになっています。また、釘や接着剤を使わない構造とすることで、資材の劣化や損傷を防ぎ、再使用率を高める工夫が施されています。

素材の選定においても、再生プラスチックやCLT（直交集成板）など、環境負荷の少ない素材が積極的に使われています。さらに、仮設建築でありながら、断熱性や通風性にも優れた性能を持つことで、使用時のエネルギー消費も抑えられています。

このような設計思想は、「仮設＝使い捨て」という従来の常識を覆し、「仮設＝循環可能な構造物」として新たな建築のあり方を提示しています。短期間の使用であっても、建築の社会的責任と環境負荷をしっかりと見据えた姿勢は、今後の都市計画や公共建築にも大きな示唆を与えるでしょう。

バイオ建材と地域資源の融合モデル

環境配慮型建築の文脈で注目されるのが、「バイオ建材」と「地域資源」の活用です。大阪万博では、自然由来の建材や、地域で調達可能な素材を用いた設計が複数のパビリオンで実現されています。

たとえば、竹や稲わら、麻などの植物系素材を構造体や断熱材に利用する事例が見られ、これらは軽量・断熱性に優れるだけでなく、炭素固定による環境貢献効果もあります。中でも「菌糸体（マイセリウム）」を用いた壁材は、成長が早く、生分解性を持つ新素材として注目されています。

また、地域の木材や石材、土などを活用することで、輸送にかかるエネルギーを削減できるほか、地域文化の表現にもつながります。これにより、建築そのものがその土地ならではの「物語」を持つようになり、空間としての魅力も一層高まります。

こうしたアプローチは、グローバル化の中で失われがちな「地域性」や「ローカルマテリアルへの敬意」を取り戻すものとして、建築デザインの新しい潮流になりつつあります。持続可能性と文化の融合、それがバイオ建材の可能性を最大限に引き出す鍵です。

万博後を見据えたリユース・リサイクル設計

大阪万博2025の設計では、「会期終了後の未来」も見据えたリユース・リサイクルが重視されています。多くのパビリオンは解体可能で、再利用を前提に設計されており、建設から解体、再生までのライフサイクルが明確にデザインされています。

具体的には、モジュール化された部材を用いることで、他の建築物へ再組み立てができるようになっている事例があります。これにより、解体時に発生する廃材を大幅に削減し、資源の有効活用が可能となります。中には、地方の学校や公共施設へ移築される予定のパビリオンもあり、単なる展示空間にとどまらず、社会貢献の場として再活用されるのです。

また、リサイクル設計では、素材の選定段階で「分別・再資源化しやすい」ことが考慮されています。例えば、単一素材の外装材、非混合素材の断熱材などが使われており、分解と処理の工程が簡素化されているのです。

このように、万博の建築が「つくる」だけでなく「つかい終わった後」を意識している点は、現代建築に求められる倫理観を体現しており、持続可能な未来都市への重要な一歩となっています。

訪問者体験を最大化する動線と回遊設計

大阪万博のパビリオン設計において、「訪問者の体験価値をいかに高めるか」は極めて重要なテーマです。その中でも注目されるのが、動線（人の流れ）と回遊性の設計です。建物に入ってから出るまでのプロセスが、単なる通行ではなく「物語としての体験」に昇華されていることが、大阪万博の建築設計の特徴です。

多くのパビリオンでは、入口から出口まで一本道ではなく、螺旋状や迷路的な構成をとることで、探索的な体験が促されます。これは単に動線を複雑にするためではなく、「どこに進むか」を訪問者自身が選ぶことで、主体的な空間体験が可能となるからです。

また、ゾーンごとに異なるテーマや演出が用意されており、感覚的にも切り替えが楽しめる構造となっています。たとえば、暗い空間から明るい空間へ、狭い通路から広大なホールへというコントラストが、人の記憶に強く残る空間を形成しています。

バリアフリー設計も徹底されており、車椅子利用者や高齢者、小さな子どもを連れた家族など、誰もが快適に回遊できるよう工夫されています。これにより、すべての人が等しく「建築体験」にアクセスできる空間が実現されています。

訪問者に「迷う楽しさ」や「発見する喜び」を与える設計は、建築の機能性を超えた「感情の設計」であり、それが大阪万博の空間づくりに深みを与えています。

素材の質感と触覚設計の裏側

建築における素材選びは、美観や耐久性だけでなく、「触れる体験」そのものを左右する重要な要素です。大阪万博のパビリオンでは、視覚だけでなく触覚に訴える素材選定が数多くなされており、来場者が五感で空間を味わえるような設計が進められています。

たとえば、日本館では天然の木材を使用し、加工も最小限にとどめることで、木のぬくもりや質感がそのまま感じられるようになっています。これは、「自然と触れ合う建築」というテーマとも連動しており、訪問者が空間に親しみやすさや安心感を覚える設計意図が込められています。

他にも、金属やコンクリートを使用するパビリオンでは、あえてラフな仕上げを残すことで、素材の「重さ」や「冷たさ」を感じさせる工夫がなされています。これにより、単なる展示空間ではなく「素材そのものと対話する」ような体験が提供されます。

また、足元の素材も重要です。滑りにくさ、歩きやすさ、音の反響といった要素が細かく設計されており、素材が空間全体の快適性と連動していることがわかります。

こうした「触れるデザイン」は、空間に深みを与えるだけでなく、人間の感性を刺激し、記憶に残る建築体験を創出します。建築が「目で見るもの」から「身体で感じるもの」へと進化していることを実感できる部分です。

日照・通風を制御するパッシブ設計手法

環境に優しい建築を実現するうえで欠かせないのが、「パッシブ設計」です。これは、人工的なエネルギーに依存せず、太陽光や風といった自然の力を活かす建築手法であり、大阪万博でも多くのパビリオンで採用されています。

具体的には、南側に開口部を設けて冬季の日照を最大化し、夏季は庇やルーバーで直射日光を遮るといった「季節を読む」設計が施されています。こうした設計により、冷暖房に頼らずに快適な室内環境を保つことが可能になります。

また、通風計画も緻密に行われています。風の通り道をシミュレーションし、自然換気がスムーズに行えるよう開口部を配置したり、建物の内部に吹き抜けを設けて上昇気流を利用する「煙突効果」を取り入れたりすることで、空気の流れそのものが空間の一部として活かされています。

こうした設計は、エネルギー効率を高めるだけでなく、空間に「自然とのつながり」をもたらします。室内にいながら季節の移ろいや風の動きを感じられることで、建築がより「生きた存在」として体験されるのです。

パッシブ設計は単なる環境対策ではなく、人間の感性や身体性に寄り添った建築手法として、万博以後の建築にも多大な影響を与えるでしょう。

建築照明による空間のドラマ性演出

光は建築において、素材や構造を際立たせ、空間に表情を与える最も重要な要素の一つです。大阪万博のパビリオンでは、「照明デザイン」が単なる明るさの確保を超えて、空間全体の演出装置として高度に活用されています。

たとえば、あるパビリオンでは、光の色温度を時間帯に応じて変化させることで、建物内の雰囲気を劇的に変える工夫が施されています。昼間は自然光に近い白色光で空間を明るく見せ、夕方からは温かみのある光でリラックス感を演出するなど、時間とともに「空間のムード」が変わる体験が提供されています。

また、光源の位置や強さを計算することで、陰影を生かした立体感ある空間が生まれています。特に木造や膜構造の建築では、素材の透過性や反射性を活用し、光が建物そのものと対話するような美しい光景が生まれています。

さらに、映像と照明を組み合わせたプロジェクションマッピングも多くのパビリオンで使われており、光による物語性のある演出が空間に命を吹き込んでいます。

照明デザインは、建築の構造や素材だけでなく、人間の心理や感情にも直接働きかける力を持っています。万博の空間体験は、この「光の演出力」によって、より深く、より印象的なものとなっているのです。

五感を刺激する音・匂い・触感の空間演出

空間デザインにおいて、視覚に頼らない「五感の設計」が近年注目を集めています。大阪万博でも、音や匂い、触覚といった感覚を積極的に取り入れることで、訪問者により深い没入体験を提供する試みが広がっています。

たとえば、ある国のパビリオンでは、来場者が通過するエリアごとに異なる音響設計がされており、足音の反響、壁面の吸音素材、BGMの調整が緻密に計算されています。これにより、空間を移動するだけで気分や集中力が変化し、「音によるナビゲーション」が実現されています。

また、香りも空間演出の一部として使われています。植物を配置するだけでなく、アロマディフューザーによって森林や海辺、伝統的な香木などの香りが空間に満ち、視覚では得られない記憶と感情を呼び起こす効果があります。

触覚に関しても、壁や床、手すりに用いられる素材の質感が重視されています。ざらざら、さらさら、ひんやり、といった手触りや足触りは、視覚的な情報とは異なる「身体の記憶」として、空間体験を強く印象づけます。

こうした五感に訴えるデザインは、訪問者の記憶に残る体験を創出するうえで不可欠な要素であり、建築が単なる物理的な箱ではなく「感情の装置」として機能することを証明しています。

まとめ：空間は語る──大阪万博建築が示す「未来の感性」

大阪万博2025のパビリオン群は、単なる展示施設の集合体ではなく、「未来の社会像」や「人間の感性」を体現する建築そのものでした。それぞれの建築は、設計者の思想と技術、文化と環境、芸術とサステナビリティが融合した高度な実験空間です。

パビリオンの一つひとつには、「体験」としての建築の可能性が詰まっており、動線の工夫、素材の触感、光と音、五感に訴える設計が訪問者に深い印象を残します。ZEBや3Dプリントといった先端技術がもたらす環境建築の革新、そして解体・再利用を見据えたサーキュラーな発想も、万博建築を未来に向けた試金石としています。

本記事では建築・デザインという観点から、大阪万博の魅力を深掘りしてきました。これは建築ファンにとっての「設計図」でもあり、デザイナーにとっての「感性の羅針盤」でもあります。ぜひ実際に現地でこの空間を歩き、触れ、感じてみてください。空間が語る声に耳を傾けたとき、未来社会の一端が見えてくるはずです。